発明家じゃない私たちの話
- Amelio Works
- 7 日前
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昨年チケットをいただいて「古代エジプト展」を観に行きました。
その中で私がいちばん感銘を受けたのは、一見華やかでロマンあふれるエジプト考古学の 第一線の研究者が語ることが、とんでもなく地味で地道だという事実でした!
(失礼だとしたらごめんなさい!
各地で催されている人気の展示らしいので、あまり多くは説明しないことにしますね。
ぜひ行ってみて下さい!)

その話を娘にしたら、大学一年生になったばかりの彼女が
「研究って、そういうものらしいよね!」とあっさり言いました。
去年まで高校生だった大学1年生が最初に学ぶことが 「研究を研究者だけのものにしてはいけない」という考え方だというのです。
私はそのとき、「どういうこと?研究は研究者のものでしょう?」と思いましたが
研究の目的が 「人類の知を増やすこと」 だとするならば、いちばん偉い、いちばんすごいのは、誰にでもできることを地味に地道にやり続けて、確実なことを伝え続けた人なのです。
そしてそれは、私たちの仕事にも言えますよね。
売り上げの成果や華やかな結果ばかりが注目されがちですが、 実際に仕事を形づくっているのは、気づかれにくい小さな工夫や、うまくいかなかった失敗をくじけず少しずつ改善していくこと、 ちょっとした整理、細かい調べものなどの下準備、 「とりあえずやってみる」という試行錯誤の連続です。
そうやって積み重ねた取り組みが、いつかみんなの当たり前になっている。
そんな現場はこれまでにも見てきました。
革新的で効率的な方法を発明する人を見ると「賢さがうらやましい」と思います。
私は地味で地道なことを繰り返すことしかできません。
これは自分で仕事をやり始めてから結構ずっと思ってきたことで、時々こぼす本音でもあります。
でも社会をよくするための取り組みが特別な人のものではなくて、 私たちが日々やっている、誰にでもできる地道な反復の延長線上にあるものだとしたら。
私たちがやっていることは、実はとても尊いことなのかもしれません。





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